2025年4月7日月曜日

ポップコーン


でっかいポップコーン。
オリンピック(OSC)で100円ほどでした(^^)

2025年4月2日水曜日

2025年3月26日水曜日

ミルキー


画家ヒグチユウコさんのミルキーです(^^)

2025年3月13日木曜日

2025年3月9日日曜日

おやつ


よくばり半生ミックス♪
ロピアでみつけました。300グラムで300円ほどです。

2025年2月21日金曜日

アンパンマン✨


平塚市にあるアンパンマン。あまり知られていない穴場かな?

平塚駅の西口、海側に降りてあるセブンイレブンのすぐ裏側の小さな公園(八重咲町公園)にいます。

バイキンマンもいるよ!

2025年2月11日火曜日

今日は紀元節(建国記念の日)ですね。

現存する最古の国家は日本です。

日本に感謝。

2025年1月31日金曜日

感情

やさしい鍼を打つための本 中根一著 医道の日本社 2013年

「東洋医学が内因論を基礎としている理由や、多少の乱れがあっても必ず安定的に自律する陰陽消長を基本概念に据えていること、心だけがポジティブな五志である理由や、刺鍼の「刺」という意味が「チクリとする」という感覚を示しているということ、脈を診る理由や脈を整える理由、そして心身一如である理由も、ようやく見えてきましたね?」56ページ


中国医学では病気になる原因を、外因(気候など環境の影響や感染症)内因(感情)その他の不内外因(飲食、運動、睡眠など日常生活と不測の傷害)の三因から生まれると捉えています。

この考え方は儒教の経典である「周礼」(しゅうらい・前8~11世紀・諸説あり)から中国医学の原点といわれる「黄帝内経」(こうていだいけい・前2から5世紀)に引き継がれ発展し、宗代の「三因極一病証方論」(1174年)で三因論が唱えられました

内因の感情は七情(怒・喜・思・悲・憂・恐・驚)とされ、臓腑の五行との関係から五志(怒 ・喜 ・思 ・憂 ・恐 )に分類されています。

素問(黄帝内経)・陰陽応象大論篇に

天に四時(四季)・五行(木火土金水)あり、以て(四時に対応して)生長収蔵し、以て(五行に対応して)寒暑燥湿風(の気候)を生ず。

人に五蔵(心・肝・牌・肺・腎)有りて、五気(五蔵の気)と化し、以て喜怒悲憂恐(の精神活動)を生ず。

喜怒(などの喜怒悲憂恐の五種類の精神活動)は気を傷り、寒暑(などの寒暑燥湿風の気侯)は形(形体)を傷る。

暴(過度の)怒は陰を傷り、暴(過度の)喜は陽を傷る。

厥氣(逆行する気)が上行し脈(経脈)を満たし(充満し塞ぎ)形(肉体)を去る(離脱する)。

喜怒(などの喜怒悲憂恐の五種類の精神活動)が節制されず、寒暑(などの寒暑燥湿風の気侯)が度を過ぎれば、生(生命)は乃ち固からず(守られない)。

重陰(陰が極まること)は転化して必ず陽となり、重陽(陽が極まること)は転化して必ず陰となる。


とあります。


本書では経絡治療で心虚証の無い理由を、五志の中で心は喜という唯一ポジティブな感情であること考え説明されています。また脈診については、海外の心理学者による研究結果と合わせて解説されていました。


参考文献 

いちばんわかる!東洋医学のきほん帳 改訂版 伊藤剛著 Gakken 2024年

黄帝内経素問序説 西村甲編著 三和書籍 2021年

2025年1月30日木曜日

ほたるいかで一杯


OKでみつけた白鶴の純米酒(3リットルパック)です。

2025年1月14日火曜日

2025年1月8日水曜日

独行道(どっこうどう)

宮本武蔵が正保二年(1645年)5月12日、亡くなる一週間前に書き残したものだそうです。

21か条ありますが、その中から3か条です。


一、仏神は貴し仏神をたのまず

一、老身に財宝所領もちゆる心なし

一、我、事において後悔をせず


参考文献 定本 五輪書 宮本武蔵著 魚住孝至(校注) 新人物往来社 2005年

2025年1月2日木曜日

令和七年

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

2024年12月31日火曜日

感謝。

今年もありがとうございました。
よいお年をお迎え下さい。

2024年12月24日火曜日

冬至明け

昨日は上皇陛下のお誕生日でしたね。

近所の氏神様と一之宮の寒川神社へお詣りできました。

令和七年の迎春ねぶたは「乙巳(きのとみ)~弁財天と幸運の蛇~」だそうです。

2024年12月20日金曜日

チョコバッキー


ロピアでチョコバッキー見つけました(^^)

2024年11月29日金曜日

虹色ほたる

アマプラで観れました。絵も独特で良かったです。

2024年11月27日水曜日

やちまた


モヤさまでちょうど出てきた八街の落花生。見切り品で買えました(^^)

https://www.tv-tokyo.co.jp/samaazu2/backnumber/?trgt=20241116

2024年11月23日土曜日

2024年11月17日日曜日

令和7年 カレンダー


注文した来年のカレンダーが届きました。一年はやいですね。

2024年11月5日火曜日

2024年10月21日月曜日

エイビイ ave


黒部丘にできたエイビイに行って来ました。広いですね。
ヤマダ電機は25日からかな。

かに(^^)

プランターの下に!

2024年10月7日月曜日

ちびまる子ちゃん

X情報で知りましたが、ちびまる子ちゃんに鍼灸院が出てました(^^)

2話目の『まる子、バスのボタンを押したい』の巻です。
友蔵じいさんとまる子がバスで鍼灸院に通います♪

Tverで観れますね。 https://tver.jp/episodes/epsg25ynrp

公式ちびまる子ちゃんねる 予告 https://www.youtube.com/watch?v=wvl3vBR9Z-0

2024年10月6日日曜日

どこにいるでしょうか?


プランターにバッタ君が来てくれました(^^)
ショウリョウバッタという名前の由来は、精霊流しの船に似ているからだそうです。

2024年9月19日木曜日

2024年8月27日火曜日

小児はり


実践小児はり法 尾崎朋文・山口創・米山榮編集 2012年 医歯薬出版株式会社







頓医抄に塵気、肺の病と記載また腹取様(はらのとりよう)という按摩法、腹診の萌芽が現れる。


室町・安土桃山時代

実在の寄生虫と空想上の虫に対する鍼治療の登場。現在の小児鍼の代表的な適応症である疳の虫(小児のヒステリー諸症状)の淵源がこの室町時代に。

曲直瀬道三の全九集に小児の身柱穴へのお灸~ちりけ~が初出。ちりけ(塵気・散気)が丹毒の和俗名から身柱穴の別名に転化。

宣教師の文献に日本では大人の疾患と小児の健康、予防法にお灸が使われていたと記載(白人は瀉血)。

五輪砕(1450頃) 五疳虫…小児の病なり、疳蠍虫…小児の病なりなど。
針聞書(1568)小児の虫、おこるときは腹の張り、下し、夜泣き、瘡…いろいろ煩いありとも、針立て様、口伝…。

全九集(1544)「身柱の穴は第二椎の下の窪み… 小児の癲癇にも良し 三壮灸せよ 世にに ちりけと云いて下ろすはこの穴なり」

日欧文化比較(1585)

江戸時代 前期

丹毒の刺絡の批判と刺絡鍼法の再活性化。小児への従来より弱刺激で予防的な鍼の出現。

明国の医書十六種(1556以降 和刻は1654年)磁砭法 丹毒の患部を 片方の箸で磁片を叩打 

外科細漸(1606~10)鷹取秀次 丹毒の刺絡、悪しきと敬遠する動き

ただ明国の医書、古今医鑑(1577)万病回春(1588)の流入(和刻1600前後)再び活性化 

雲海士流、妙鍼流は三陵鍼(和名・刃鍼)と独自の配穴で大人の刺絡鍼法を本格的に導入

明国の鍼灸聚英(1573)小児鍼という熟語が現れ、岡本一抱の鍼灸抜粋(1676)が広めたが両書の意味するところは「細くて短い豪鍼」のこと。

広狭神俱集(1612)雲海士流 癖、積あらば病なくても細鍼で早鍼…発病前の予防的な現在の小児鍼に近くなる。

江戸時代 中期・後期

新生児への予防鍼灸の記載。小児の養生按摩が盛んに。蘭方を受容する前の刺絡流行。一般家庭での小児ちりけのお灸の広まり。大阪方面での小児鍼(中野針、うさぎ・うさぎ針)が盛況。小児鍼・藤井流鍼術の記載。


鍼灸秘粋(1692)匹地流 新生児の予防処置法の記載

「生まれてそのまま 廉泉 1から2分 大椎 飲乳を助ける 3分 脾兪 消化をほどこす 無病 麻疹を早くし 疳の心を去る…」

打鍼当流別伝(1772) 小児の針 金針 寫 浅く 錬りなく 跡も少し 浅く弱くが浸透していた。

明代末期の小児推拿の伝来「幼科急救推拿奇法」襲居中(1607)和刻(1696 1704)され 明 『小児推拿秘旨』巽廷賢(1604)『小児推拿法和解』(1700)という書名で和訳刊行。

小児推拿の和刻本 和訳本力が契機となつて 日本では小児按摩が盛に。

導引口訣抄(1713) 宮脇仲策 小児養生按摩ノ法は、食滞を除くための予防的な小児按摩  小児の皮膚への訓圧は 碁石13 (4~12g)を目安とする弱刺激。

宮脇仲策の小児按摩は 1世紀ほど後に「小児養性導引小鏡」という施本となって民衆の間に知れ渡る。

京都の医師名簿「良医名鑑」(1713)には4人の按摩家を掲載するが稲田真柳と御縁見(女性)の2人は小児按摩を専門とする通常の小児科・按摩科とは別に小児按摩が独立した分科として認知される小児鍼師の登場より50年も前のこと。

「万病回春」の青筋(のちに抄病と 重症化しやすい急性・伝染性・流行性疾患などの総称)説と砭鍼法を敷衍した清国・郭志隧の「抄脹玉衝」(1675)は、小島元撲が半世紀後に和刻(1723)  蘭方を受容する前の刺絡流行の起爆剤となる。

「退齢小児方」小児の二大病因「大半は胎毒、小半は傷食」はこのころに一体化した模様。

「摂州平野人絵図」(1763) 中野村・小児鍼師  記載。大阪方面からも堺方面からも多数の病児が訪れたので名物の一つに数えあげられたのであろう。

大阪の菅沼周桂「鍼灸則」(1767) 舟疾、癖疾の二症、肝兪・隔兪・牌兪・胃兪および身柱・腰眼に至るまで血を出しこれを治せば効あらざるは無し摂州中野村の―医、この法を行いて最も経験あり、俗に中野の一本鍼と称す…と書き残している。荻野元凱が蘭方式の「刺絡編」(1771)を刊行する以前の記録であり、明代の医書の延長線上に発達した刺絡鍼法とみられる。

「やしなひ卓」(1784) 「やいとをすれ 孝行者じゃ 親もよろこぶ 身も無事な」
挿絵 父親に抱擁される男児のちりけに母親が灸据える理想的な的な風景を描き出した。

「養生一言草」(1825) 「小児には ちりけ 天枢 筋かへを毎月すへて無病とぞ聞く」と「虫気ある 小児に灸を たへずせよ 試して見るに薬よりきく」の2首を掲載。

一方、小児灸に難色を示す小川顕道は「養生嚢」(1775)  世俗の小児を養うに、病も見えぬ前に、ひたすら灸治をする人あり。甚だ僻事なり。小児無病なる者に灸治を行う時は却って病を迎えると云えり…と忠告。

小児鍼の中野家が大坂民師番付に、中野村松栄の屋号で掲載されるのは江戸後期(1820)からで江戸末期には小児鍼としての中野針(1855~68)はブランド名となつていた模様。別のプランド名に、うさぎ・うさぎ針がある。
 
「近世浪華医家名鑑」(1845) 小児鍼 2家4名掲載 小児鍼 藤井文吾 藤井流鍼術祖

明治・大正時代

大阪での小児鍼の盛況。

明治期に台頭した大須賀流「鍼術治療大意」(1894) 大坂地方の疾病は必ず鍼するの良習あり。同門子、武田氏、彼地にあり。日々療する者二百人を下らず…と東京では考えられない大阪での小児鍼の盛況ぶり。

大須賀流「小児治例分」(1877) 夜泣き 百日咳嗽 吐乳など諸相 病因は項背の滞結なり 空法を施す  大須賀流は極細の豪鍼を用いるので「空法」は項背部の寫法か?
 
昭和時代

さらに弱刺激、刺さない小児鍼が主流に。逆に小児鍼の経絡治療(大人の治療)への影響。

「鍼灸医家評伝」(1925) 11名 「全国鍼灸医家名鑑」(1939) 12名の小児鍼の専門家 

藤井秀二は家伝の術式について柳谷素霊「鍼灸医学全書」(1940)に宛てたた手紙で、普通の鍼治家から見れば無刺激と考へられる如き1刺激が却って効果がある。多くの鍼治家が小児鍼なりと銘うってやつている実際を見ると皆強刺戦で、我々のやっている刺激とは格別の相違があると述べている 。

当時、接触・摩擦の小児鍼は非主流であるが、藤井のこの発言が主流派へと押しあげる契機となったようである。
 
関西鍼灸学院長の山本新梧は在学生だけに小児鍼の使用及応用点(1926)とい一枚刷を授与したが これが最古の小児鍼専門の印刷物のようである。 医道の日本1984.12 全文公開 

山本伝の鍼の持ち方、井上恵理が藤井秀二の継母である藤井ヨネから習ったものと瓜二つ。 

井上は藤井家を見学した折、ヨネの押手(左手)の動きとその役割の重要性に気づき、鍼をすると撫で又鍼をすると撫でる …あの左の手があやしいなと岡部さんと二人で良く見ていた「鍼灸臨床講義」(1970)と回想 。

そして同行していた岡部素道は切経を強調するようになり、経穴の取り方が不十分であると治療効果が少ない。経穴の硬結が消失すると身体違和および疾病の症候が消失し健康状態になると主張。「臨床鍼灸治療学」(1949)

東京で興った経絡治療の両雄が揃って左手(押手 切経)の重要性を再確認したとが今日の伝続鍼灸の概念の1つ、触覚を重視した診断治療技術を重視する(日本伝統鍼灸学会ホームページ)にまで昇華していく。

経絡治療家の小野文恵と山下詢は、非刺入鍼の体系化に貢献。

小野・山下が経絡治療における虚実の補潟に本格的に導入して以来 、気を調整する鍼法として、古典鍼灸研究会・東洋はり医学会および両会の分派が深化させ続けている。

要点だけを短く纏めたかったのですが、貴重な内容が多くかなり長くなってしまいました(・・;)

2024年8月23日金曜日

2024年7月12日金曜日

なんだろう?


中医学ってなんだろう 小金井信宏著 東洋学術出版社 2009年


「中医学の元は、大昔の人が作ったものです」 3ページ


「中医学ってなんだろう」という中医学の専門書ですが、この中医学(現代中医学)をいつ誰がどういった意図で何を典拠として作ったのか?などの基本的な情報は残念ながらありませんでした。

これは本書に限らず、そもそも中医学を作った中国が「政治的な秘事」として発表してこなかったので仕方ありません。


「また中医学は、たくさんの学説や解釈のかたまりです。多くの視点が集まると、理解はやはり立体的になります。
このように、複雑なものを「なるべくそのままの姿で」理解しようとするのが、中医学の「捉え方」です。」  6ページ

「中医学には、たくさんの学派・学説・解釈があります。」 7ページ
 
「例えば仏教にも、多くの宗派があります。それぞれの教えの内容は、少しずつ違うものです。でもどの宗派も、みな仏教と呼ぶことのできる共通点をもっています。中医学の在り方も、こうした仏教の在り方と似ています。
ただし1つだけ違いがあります。
それは、「それら全部が合わさったものが中医学だ」という点です。1つの学派について知っても、まだ全体の一部を知ったにすぎません。」 7ページ


「なんでも統一したがる中国」(図説マルマ入門・伊藤武著)と書かれていたのを思い出しました。

中医学は多くの宗派を一つに統一してしまった感があります。

それぞれ考え方の違うさまざまな宗派を「仏教」ということで一括りに纏めたことにより、多くの考えをそこに詰め込み知ることができるという良さもありますが、矛盾も増え複雑になるなどの弊害もまた大きくなってしまいます。

そして、この統一傾向は鍼灸の古典である黄帝内経(霊枢・素問)(黄帝内経以前の陰陽+五行も?)にも感じられます。

2024年6月15日土曜日

切診(触診)

経絡按摩 切経探穴のための手技 戸ヶ崎正男著 2013年 ヒューマンワールド

本書にある技法は古法按摩(あん摩マッサージ教程・柳谷素霊著)をもとに、すぐに切経探穴(経絡、経穴の状態を探る)に移行できるように配慮して作られたそうです。

「鍼灸の身体診察では触診技術の習得が最重要課題であるにもかかわらず、この教育方針、教育方法が確立されていないのが実情です。」81P

「身体診察の基礎として経絡按摩を位置づけることは非常に重要なことです。」81P

鍼灸科にもこういった授業が取り入れられると良いですね。

2024年6月8日土曜日

サイレント・インベージョン(静かなる侵略)


これから「脈診」の話をしよう 浦山玖蔵著 2018年 たにぐち書店 ①
 
まだ序章(42P)までしか読み終えていませんが、貴重な情報が沢山ありました。

2015年から日本の鍼灸学校の教科書「新版・東洋医学概論」が中医学(近年に中国で作られたもの)の内容に一変し、「東洋医学臨床論」も改訂されるそうです。すでに改訂されているかもしれません。

中医学は創られた経緯や出典などが示されていないと聞きます。

さらに中国では中医学の批判をすることも出来ないようです。

どういった流れで日本の教科書がこのようになっているのか良くわかりません。

いつか「日本伝統医学概論」のような教科書が生まれると良いですね。

2024年6月3日月曜日

刺さないハリ


臨床万事塞翁が馬 森本繁太郎著 2020年 森本はり院

刺す鍼やお灸も使わず、提鍼(刺さない鍼)のみで施術をされているそうです。

「原則論を否定してしまっていては、古典鍼灸治療学というものが成り立たない事も確かです。しかしながら、身動きが取れないほどに縛られていては型通りの治療しかできなくなる事も間違いありません。」26P

刺さないハリ ていしん入門 岸田美由紀著 2009年 ヒューマンワールド

森本先生が作られた、森本式提鍼を使った独特の治療法を紹介されています。

「腑は各部の気の部分を確認しますが、臓の気とどのように区別するかは、治療者のみかたの切り替えにあります。脈診でも同じ部位で陰陽をみる方法、身体の各部をみる方法、菽法で臓をみる方法などがあります。それと同様で腹診も治療者が何を対象にみるかによって得られる情報が異なります。」 100P

意識を切り替えて観ることで、同じ場所から様々な情報が得られるとされています。

2024年5月13日月曜日

NHK あしたが変わるトリセツショー

毎週(木)[総合]午後7:30~8:15

5月16日(木)「ツボ」

2024年5月12日日曜日

NHKスペシャル

5月19日(日) 午後9:00〜午後9:50

東洋医学を“科学”する 〜鍼灸(しんきゅう)・漢方薬の新たな世界〜

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/57RRJM47NY/

2024年5月8日水曜日

紙灸


灸療閑話 福島哲也著 2010年 ヒューマンワールド

「直接灸ではない紙灸でも、圧痛・硬結の消失、灸熱の浸透が治効の鍵であろうと考える。」 38P

紙灸は紙(キッチンペーパーなど)を水に濡らして施灸部に置き、その上にもぐさを乗せ燃焼させる方法のようです。

家伝の打膿灸(だのうきゅう・大きなもぐさを皮膚の上で燃焼させ火傷を作り、その上から膏薬を貼り付け化膿させる)を伝えられている板橋英子先生(四ツ木の灸)は、施術部位に墨で印をつける理由について「水分があると(灸熱が)奥まで浸透するから」と答えられたそうです。 99P

その他も興味深い内容が親しみやすく書かれていました。

2024年5月1日水曜日

有痕灸(ゆうこんきゅう)


ふしぎな火の治療 灸師の想い 有留秀雄著 2008年 文芸社


「お灸治療、透熱灸は火傷をする治療法なのです。そこに本来の効能の基があるのです。」 
P22

「皮膚一ミリで四十二度以上になることにより、タンパク質は熱傷を起こして化学変化し、「ヒストトキシン」と呼ばれる火傷毒素がつくられます。火傷毒素「ヒストトキシン」が生体に与える作用によって、排毒、代謝、循環、造血管、鎮痛、鎮静作用が促進されるのです。」P20


お灸には、もぐさを直接皮膚の上に乗せ燃焼させる直接灸と、もぐさと皮膚の間を空けて行う間接灸とがあります。

直接灸はさらに透熱灸と知熱灸に分かれますが、皮膚の上にもぐさを置き最後まで燃焼させる方法が透熱灸になります。

最近は鍼灸院でも煙が出たり痕が残るということから、お灸を使うところが少なくなっているようです。

2024年4月30日火曜日

ねぎぼうず


スーパーで買った長ネギの根を植えといたら葱坊主がつきました♪

2024年4月29日月曜日

2024年4月13日土曜日

居酒屋対談


みんな酒場で大きくなった 太田和彦著 2013年 京阪神エルマガジン社

居酒屋といえば太田和彦さん🍶

テレビ神奈川で毎週木曜日・20時~ 太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選
TVerやYouTubeでも観れるようです。

https://www.bs11.jp/education/furari-sin-izakayahyakusen/

さくら


公園の桜もきれいに咲いてます🌸

2024年4月8日月曜日

伝統医学の諸問題


伝統医学の諸問題 鍼灸医学からのアプローチ 藤原知・藤本蓮風編著 昭和48年 伝統医学新人の会

1970年はじめ頃の鍼灸医学の現状と問題などについて纏められています。


「 古流 各鍼術の栄枯盛衰にはそれなりの理由が見出されるのですが、それら各流派の日本鍼灸術という太い流れのなかで位置づけ、その理念の解明、理論上および技法上の特色などへの証明、整理、そして体系化を行うなかで一本の筋の通った日本的、伝統的な鍼灸医学の基本的特徴を明らかにするとともに、中国や朝鮮でのそれとの差異性を浮彫にし、日本鍼灸医学の全体像-未来へもつながる全体像を明らかにする課題がここにあるとおもわれるのです。」41ページ

「それは大陸から伝来した輸入と模倣の内容から脱皮、発芽して、わが国の歴史と風土のなかで日本人の民族的特質、生活様式、労働等々の諸条件に応ずるべく日本的な独自な展開と開花をなしとげてきたその基盤のうえにこそ、それを伝承し今日的に発展させたものとしての現代日本の鍼灸が成立するのでなければならないと考えるからです。」41ページ


6世紀に大陸から鍼灸がもたらされ、時代とともに日本独自の様々の鍼灸流派が生まれましたが、明治になって西洋医学が主流となり漢方・鍼灸は衰退を余儀なくされました。

現在、日本の伝統鍼灸というと昭和初期に活躍された柳谷素霊(やなぎや それい 1906年~1959年)が「古典に還れ」と提唱され、それに呼応した方たちによって創出された経絡治療(けいらくちりょう)を指すことが多いと思います。

残念ながら今の日本の鍼灸学校の教科書は圧倒的に中医学の影響が強くなってしまっているようです。

ただ一方で平成15年に杉山真伝流の文献の発見され出版されたり、日本の鍼灸流派に関する情報や研究もようやく増えてきているように思います。


「この課題の実践は単に医学上の遺産の継承にとどまらず、民族の文化遺産の継承の問題とも深いかかわり合いをもつことは言うまでもありません。41~42ページ


日本の各時代に興った鍼灸流派の研究を踏まえた、日本鍼灸の教育が鍼灸学校に根付くと良いですね。

2024年3月21日木曜日

春のお彼岸


昨年は咲かなかった水仙が今年は咲いてくれました!
枯れた後の葉を切ってしまうと翌年に咲かなくなってしまうようですね。

2024年3月16日土曜日

小児はり


生後3か月から小児はりに来てくれていたお姉ちゃんが大きくなって、弟を連れて来てくれました🐣

2024年2月23日金曜日

2024年2月21日水曜日

YouTube「東映シアターオンライン」にて能登半島地震チャリティー無料配信!

永井豪原作の3作品

https://www.toei.co.jp/release/public/1233859_1140.html

今度はマジンガーZ、グレートマジンガーにゲッターロボ、グレンダイザーだ(^^)♪

2024年2月11日日曜日

紀元節

今日は紀元節(建国記念の日)ですね。皇紀2684年(紀元前660年)。「日本書紀」に基づき初代の神武天皇が御即位されたと日とされています。

2024年1月24日水曜日

 東映アニメーションミュージアムチャンネル

『劇場版 マジンガー Z /INFINITY』能登半島地震 復興応援配信【公式】

https://youtu.be/FBgLdHv3mBo?si=jYr1WglAFLCZQ449

YouTubeで1月26日20時より2週間の限定で配信。 配信の収益は能登半島地震被災地へ寄付されるそうです。永井豪さんは輪島市出身ですね。

2024年1月19日金曜日

備蓄

東京備蓄ナビ https://www.bichiku.metro.tokyo.lg.jp/

東京都のサイトですが、家族構成などを入力すると備蓄に必要なものがわかります。

2024年1月1日月曜日

令和六年

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

2023年12月25日月曜日

寒川神社


来年のお札を頂いて来ました。
令和六年の迎春ねぶたは、古事記からでなく干支の龍をテーマにされたそうです。

2023年12月18日月曜日

お灸の再生


鍼灸OSAKA(森ノ宮医療学園出版部)111号(2013年)


口絵にある江戸時代の資料「鍼具見本帳」は鍼灸各流派の鍼が絵で描かれていて大変貴重ですね(110号から112号まで掲載)。日本人の技術とその道具に対するこだわりが、鍼灸の世界からも伝わってきます。

はりきゅうWebミュージアム 森ノ宮医療大学



以下は気になった部分の忘備をかねたメモです。

〇多様な灸からびわの葉灸へ 猪飼祥夫

本朝食鑑(元禄10年・1697年)附録に「中を豊かに、両頭を尖らして作りて」…これを撚灸(ひねりやいと)という。今日の学校では三角形(円錐)に作っています。

お寺が医療施設であった時代は長い。奈良の悲田院、施薬院など。中には信仰に使われる焙烙灸や砂場灸なども。 

びわの葉灸は二系統の伝承が。

①江戸期後半、長蓮寺(栃木)

②大正末頃から、金地院(静岡)

さらに大阪、無量寺にも起源伝説がある。 


〇「艾灸通説」 について宮川浩也先生に聞く 宮川浩也 聞き手 猪飼祥夫

「艾灸通説」後藤椿庵(1696~1738年)著 宝暦12年(1762年)に刊行

父である、一気留滞説を唱えた後藤艮山(1659~1733年)の医説を展開したもの。
 
伝統的には大きな艾を少なくすえるのが一般的だったが、後藤流では小さな艾炷をたくさんすえる方法を用いた。皮膚への接触面を少なくする紡錘形に(上記、本朝食鑑と同じ)。

江戸時代に使われていた灸箸(やいとばし)現在は大阪のナガトヤ灸で使用されている。灸箸は古典文献に記載なく、岡本一抱(1665~1716頃)著、灸法口訣指南にすこし解説がある。

白隠禅師の書いた「お福御灸図」に灸箸が。

お灸の補瀉 霊枢から朱丹渓(1281~1358)、「艾灸通説」とそれぞれの方法について。

「医学正伝」虞博(1468~1517) では身体が自然に良い方向に整えるのであって、施灸方法に補瀉は無いと。無分流は、この説を引いて「鍼には補瀉はない」と展開している。
  
豪鍼はヤマアラシの毛を使っていたか。

〇透熱灸治療へ~古法灸療法 有留秀雄

鍼 急性症 神経系 灸 慢性症 血液 

捻挫による急性痛 負傷筋繊維による負傷電流 鍼によるアース作用
関節などの長期炎症 膠質変性 灸により治癒

2023年12月13日水曜日

ちびさく


プリンチョコの中にボーロが!豪華な組合せ(^^)

2023年11月23日木曜日

新嘗祭(にいなめさい)

今日は新嘗祭ですね。食べ物に感謝します。

2023年11月20日月曜日

NHK Eテレ

チョイス@病気になったとき 鍼灸のチカラ 11月24日(金)午後12時~



頭痛、筋繊維痛症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、がんの緩和ケア などに対する鍼灸治療について解説されています。

2023年11月9日木曜日

カレンダー


注文した来年のカレンダーが届きました。
来年は龍の年ですね。

2023年11月4日土曜日

2023年10月17日火曜日

現代訳  杉山流(杉山真伝流)⑥


杉山流三部書 杉山和一原著 伴尚志現代訳 たにぐち書店 2002年

こちらは杉山流三部書の現代訳で読みやすいです。

2023年10月14日土曜日

杉山流三部書  杉山流(杉山真伝流)⑤


杉山和一の残した書に「療治之大概集」「選鍼三要集」「医学節用集」の三書よりなる杉山流三部書と呼ばれるものがあります。

その成立に関して不明な部分も多かったようですが…

「療治之大概集」は和一が京で学んだ砭寿軒圭菴(へんじゅけいあん)の著書「鍼灸大和文」とほぼ同じ内容。「鍼灸聚英」(高武著)の影響がみられる。

「選鍼三要集」は三要「素問・霊枢・難経」さらに「類経・類経図翼」(張介賓編・全体の 3 分の 2も )などから和一自身が編集したもので、入江流の先生の口述内容や和一の考えなども含まれている。

「医学節用集」は和一の死後に弟子の三島安一が和一の講義録を編集したもの。「赤水玄珠(せきすいげんしゅ)」(孫一奎著)「医経溯洄集(いけいそかいしゅう)」(王履著)の影響がみられる。

などが解ってきたようです。

写真の杉山流三部書は、杉山和一遺徳顕彰会により杉山和一生誕400年を記念して平成21年(2009年)に復刻刊行(非売品)されたものです。 


参考文献

〇日本鍼灸の極意 管鍼法 北川毅著 大浦慈観監修 BABジャパン
〇日本医史学雑誌 第 55 巻第 2 号(2009)『杉山流三部書』の成立経過について 大浦宏勝、市川友理

2023年9月29日金曜日

ベッキーさんも鍼灸を受けられているようですね(^^)

https://ameblo.jp/beckygate/entry-12822223772.html

ベッキーオフィシャルブログ by Ameba

2023年9月28日木曜日

管鍼(くだばり・かんしん) 杉山流(杉山真伝流)④

鍼を皮膚に刺す古来からの手法に、鍼を片手に持ち捻りながら刺入する撚鍼法(ねんしんほう)と呼ばれるものがあります。日本では撚針(ひねりばり)と呼ばれていました。



現在の日本では鍼を刺すとき、筒状の管(鍼管・しんかん)を用いる管鍼法(かんしんほう)が主流になっています。これは日本で生まれた独自の道具と技術です。



この鍼管を創案した(ご神託を得た)のは杉山和一とされていますが、

「入江流には「図檀掛」(ずだんがけ)と呼ばれる筒(竹筒と推測される)を用いる鍼術の技法が存在していました。そのため、杉山和一が、管を用いて刺針を行った最初の人物であるということではない可能性が指摘されています。」

(日本鍼灸の極意 管鍼法 北川毅著 大浦慈観監修 BABジャパン) 100ページ


杉山和一が学んだとされる入江流に、既に鍼管にあたるものがあったようです。この鍼管(鍼管自体の工夫も)を用いた多彩な技法を創案したのが杉山和一となります。

その技法は当時、京都方面で盛んであった槌(つち)を用いる、これもまた日本独自の打鍼(うちばり・だしん)の影響もみられるようです。



上の3図は江戸中期(1718年)に出版された鍼灸重宝記綱目です。この本は当時の鍼灸家に広く流布されたようです。著者は打鍼の系譜にあたる本郷正豊(ほんごうまさとよ)です。

(本書では撚針には「針」、打鍼、管鍼は「鍼」の漢字が使われていますね。)

〇参考文献 針灸の歴史 小曽戸洋・天野陽介著 大修館書店

2023年9月26日火曜日

杉山和一(すぎやまわいち) 杉山流(杉山真伝流)③


日本鍼灸の極意 管鍼法 北川毅著 大浦慈観監修 2022年 BABジャパン


杉山和一は江戸初期の伊勢国で生まれ(1610年)、幼少期に視力を失います。江戸に出て入江流(いりえりゅう)の鍼医・山瀬琢一(やませたくいち)に学び(3年学んだ後に挫折、江の島弁財天で断食修行、再び5年間学ぶ)、さらに京都へ出て入江流三代目の入江豊明に7年間学びます。その後の3年間も京に滞在し、他の流派や人物からも学んでいたようです。

この後、江戸に戻り開業し、私塾を開いて弟子にその技術を伝えました。

1670年に盲人の最高位の役職である検校(けんぎょう)となります。
1680年には四代将軍、徳川家綱の治療にあたり、五代将軍・綱吉の侍医となりました。
1682年、和一の私塾は「鍼治学問所」として徳川幕府から認定を受けます。
1692年、徳川綱吉から検校の最高位である総検校に任命され、その2年後の1694年、85歳で亡くなりました。

杉山流は、二代目である三島安一(みしまやすいち)の時代に関東から全国に広まり、三代目の島浦和田一(しまうらわだいち)は和一と安一の元で流儀書「杉山真伝流」を完成させました。

                    (以上、本書をもとにまとめました。)

2019年、江の島の江島神社本殿裏の倉庫に、行方不明であった杉山和一本人が作らせた木像が保管されていたことが分かったそうです。  130、131ページ

タウンニュース 杉山和一像 見つかる

本書の題名にある「管鍼法(かんしんほう)」については次回に…。

2023年9月12日火曜日

江島杉山神社  杉山流(杉山真伝流)②


東京の墨田区(両国駅近く)に江の島弁財天と江戸時代の鍼灸師である杉山和一を祀る神社があります。

http://ejimasugiyama.tokyo/index.html

江島杉山神社ホームページ


また神社内には杉山和一遺徳顕彰会があります。もうだいぶ以前になりますが何度か講習会に参加させて頂きました。

https://sugiyamawaichi-kengyou.com/

現在は治療所と小さな博物館も出来たようですね。

2023年9月11日月曜日

江の島と鍼灸  杉山流(杉山真伝流)①


藤沢市観光協会のパンフレットです。こちらはもう10年以上前のものです。
江の島の観光スポットとして2か所、江戸時代の鍼灸師である杉山和一(すぎやまわいち)に関係する場所が出ています。

藤沢市観光公式ホームページ 福石

藤沢市観光公式ホームページ 杉山検校の墓

2023年9月6日水曜日

ししとう


ししとうを天ぷらに。激辛が混ざっていました(><)

2023年8月31日木曜日

 昭和の大戦


歪められた真実 昭和の大戦 大東亜戦争 井上和彦著 2023年 WAC

出版されてまだ間もない本です。

本書にも引用されているタイの首相をされていたククリット・プラモードさんの言葉は印象的ですね。

(産経新聞 正論 タイ国王の「友好の絆」忘れるな ジャーナリスト・井上和彦)


大東亜戦争前、アジア諸国は欧米により植民地支配されていました。そんな中で独立を保っていたのは日本とタイ王国(英仏植民地の緩衝地域として)だけでした。

(インド・ビルマ・マレーシア・シンガポールはイギリス、インドネシア・オランダ・インドシナ半島はフランス、フィリピンはアメリカの植民地に。)

この戦争前の世界状況を知ることはとても大切ですね…。

日本は敗戦国となりましたが、圧倒的な物量を誇った連合軍に対して日本軍は驚異的な強さをみせたようです。そして台湾人、朝鮮人も含めたものすごい数の志願兵もいたそうです。

敗戦後、GHQ(連合国軍最高司令部)側は、今後そういった強さを発揮出来ないようにするために効果的と思える対策を色々な面から施しました。そのひとつが…。

(産経新聞 日本人はなぜ「愛国心」を危なく感じるのか? ケント・ギルバート)

2023年8月23日水曜日