2026年9月25日金曜日

背兪(背部兪穴)あれこれ


背兪は臓腑(五臓六腑・六臓六腑)の気が注ぐ所(ツボ・兪)とされ、背中を通る足太陽膀胱経(経脈)の1行線(脊椎棘突起外方1.5寸)に並んでいます。




原点である黄帝内経(素問・霊枢・前漢~後漢ころ・前200年~220年)を中心にみてみます。

黄帝内経は一人の著者によるものではなく論文集のようなもので、それまでの時代の様々な説が纏められています。また現在の黄帝内経(素問・霊枢)は当時のままではなく、後世の修飾も経ています。


黄帝内経では「兪・腧・輸」のいずれもツボを表す言葉として使われていまが、もとは「輸」だったとの説があります。

滑伯仁(1304〜1386年頃・十四経発揮、難経本義、診家枢要など)

「兪とは、『史記』扁鵲伝では輸に作っており、委輸〔貨物を運ぶこと〕の<輸>のようなものであり、経気がここから他に輸送されることをいっている。」

難経解説 南京中医学院編 東洋学術出版社 361~362ページ


のちに区別するため「兪」は背兪穴に、「輸」は五輸穴に、そして「腧」は腧穴(ツボ)の総称として使われるようになりました。


霊枢(九鍼十二原篇)では、手足の先から肘膝までにある五つのツボをそれぞれ、井(出る)・栄(留る)・輸(注ぐ)・経(行く)・合(入る)としています(五輸穴)。

輸は「注ぐ」所となっています。


霊枢(背腧篇)の冒頭は「五臓の兪が背より出づることを聞きたい。」と始まります。

五臓のみで六腑はまだありません。


五臓(五臓六腑)のツボとしては背兪の他に

霊枢(九鍼十二原篇・本輸篇)には「五臓六腑の出づる所」として肘膝から先にある五輸穴と、「五臓を主治する」という十二原穴(五臓と膏の原、肓の原・手足と鳩尾と臍下)が出てきます。

霊枢(五邪篇)では邪が五臓にあるときの治療として、それぞれのツボが示されています。ここでは背兪穴の肺兪も含まれています。


背兪の数は

霊枢(背腧篇)での背兪は五臓(肝兪・心兪・脾兪・肺兪・腎兪)と大兪、膈兪の7穴です。五臓に大兪、膈兪の2穴が追加されている理由は書かれていません。

素問(血気形志篇)での背兪は五臓の5穴のみです。

素問(気府論篇)には足太陽脈気の発する所のもの78穴の内「五臓の兪は各々5穴あり、六府の兪は各々6穴ある」とありますが、経穴名や位置は示されていません。

背兪穴の六臓六腑がすべて揃うのは

脈経(王淑和・3世紀後半頃)で五腑(大腸兪・小腸兪・胃兪・胆兪・膀胱兪)

針灸甲乙経(皇甫謐・256年頃)で三焦兪

備急千金要方(孫思貘652年)で厥陰兪(心包兪)

となります。


背兪の位置については

霊枢(背腧篇)と素問(血気形志篇)とで説明されていますが(素問・剌熱篇もか)、それぞれ違います。

霊枢(背腧篇)では五臓が上から順に並びますが、素問(血気形志篇)では肝兪と脾兪が同じ高さで左右に分かれます(素問では右が脾で左が肝、太素や医心方では左右逆)。

また霊枢(背腧篇)には「押すと中に反応があり、痛むところが輸(ツボ)である」とあります。


背兪を用いる治療については

霊枢(背腧篇)には「お灸を用い、気が盛んであれば寫し、虚であれば補う。火を使って補う時は自然に消えるまで待ち、瀉す時は吹いて早く燃やし、素早く消えるようにする」とあります。

霊枢(衛気篇)では十二経脈の本(下・根本)と標(上・現れる所)について、本である手足末端(原穴など)から、五臓と繋がる陰経の経脈の標は背兪(手太陰のみ脇)に繋がっています(陽経は頭部に)。

また気街(気の大きな通路・頭、胸、腹、脛)の病の治療について、気が胸部にあるときは膺兪(前胸部)と背兪、気が腹部にあるときは背兪を用いるとあります。

素問(奇病論篇)には口苦(口が苦くなる)を病み陽陵泉を取っても治らない人に「胆募と兪(背兪)を以ってす」とあります。

霊枢(五邪篇)には邪が肺にあれば「中府、雲門と背部第3椎の両傍、肺兪を取る」とあります。

素問(刺瘧篇)では「瘧(おこり・悪寒発熱を繰り返す)で脈が満・大・急なれば背兪を刺す」とあります。


難経(六十七難)(黄帝内経より少し後、1~3世紀ころ)には

「五臓の募穴(胸腹部のツボ)はみな陰(お腹側)にあり、兪穴はみな陽(背中側)にあるのはどうしてか。それは陰病は陽に行き、陽病は陰に行く。故に募は陰にあり、兪(背兪)は陽にある」とあります。ここでは五臓となっています。

素問(陰陽応象論篇)に

「陰分を刺して陽分の邪気を導き、陽分を刺して陰分の邪気を導く、陽病は陰分を治療し、陰病には陽分を治療する」とあります。



霊枢概要 神麹斎(左合昌美)著 185ページ

「背兪を足太陽膀胱経脈の上に配するのは間違いであると思う。背兪と蔵は直接に対応しているのであって、広い意味での局所治療的なものである。」

「そもそも背兪と足太陽の脈はともかく、膀胱の脈とは関係ないと言っておきたい。」


原点は経絡と関係なく、五臓の反応が現れる(注ぐ)場所として背部のそれぞれの臓と近い位置に反応点を探り治療したということでしょうか。

であれば背中の広い範囲を面で捉え、五臓の反応を探っても良さそうすね。

そういえば…

積聚治療(しゃくじゅちりょう)では、背中の広い範囲で上から五行(五臓)に分けいました。


黄帝内経は臨床を重ねて新たに発見され追加されたものと、思想や理論から推測しこうなるはずだ、こうなると理想的だと取り入れられたものとが混在しているようです。

例えばツボは1年365日に応じて365穴あるとされています(実際は132穴ほど)。

ただ理論から取り入れられたと思われるものも、実際に効果があったり(なかったり)するようで侮れません。

この世界はいろいろ複雑ですが面白いですね…。




参考文献

霊枢概要 神麹斎(左合昌美)著 ヒューマンワールド

よくわかる黄帝内経の基本としくみ 左合昌美著 秀和システム

針灸要穴辞典 趙吉平・王燕平編著 東洋学術出版社難経解説 南京中医学院編 東洋学術出版社

ナラティブ霊枢 名越礼子著 ヒューマンワールド

現代語訳 黄帝内経 素問 南京中医学院編 東洋学術出版社  

経穴部位標準化の歴史的意義 真柳誠 https://square.umin.ac.jp/mayanagi/paper01/keiketsu.html