日本鍼灸

日本の鍼灸と中医学の問題が鋭く指摘されています。
「昭和10年代の鍼灸復興期には「古典に還れ」の気運の中で江戸期鍼灸文献の研究も行われた。柳谷素霊や井上恵理らも、古典とは『素問』『霊枢』『難行』だけでなく、江戸の鍼灸書も含むと考え、乏しい資料を探し出して筆記し、ガリ版刷りの私家版を出す作業をこつこつとした。しかし、戦後の昭和20年代になると、古典派を自認していた経絡治療家は、「脈診+『難行』69難の配穴+浅刺」というシステムに固着し、多様な理論とわざが混在していた江戸期鍼灸への関心を失う。同時期に台頭した科学派も、伝統鍼灸への関心はなく、江戸期文献研究は忘れられた領域になる。経絡治療派も科学派も、歴史や伝統への視点を失い、観念化、イデオロギー化したのである。」 13P 下段注
明治になり漢方から西洋医学中心に変り、戦中、戦後という大変な時代を乗り越え、鍼灸を続け伝えてくれた方々のお陰で今があります。
ただそういった中で失われてしまったものも少なからずありました。
「専門学校の『東洋医学概論』には、中医学と経絡治療とが説明のないまま混在し、混乱の種となって学生の理解不能を助長しています。この様相は、日本の鍼灸界が独自に打ち立てるべき〈日本鍼灸学〉を持ち得ていない事の象徴です」 354P
さらに残念なことに近年には日本鍼灸学の方向ではなく中医学一色になりつつあるようです。
「『素問』『霊枢』段階から現代中医学までをすべて「中医学」と呼び、現在の視点で過去を強引に解釈する非歴史的な捉え方もやめてほしい。現代中医鍼灸学は、1970年代に全国から老中医を集めて理論と技の収集、整理を行い、国家主導でまとめたものである。重要なのは、現代中医鍼灸学が古代鍼灸とどう違い、何が発展し何が退歩したかを明確にすることである。古代鍼灸を再解釈するにあたって、現代中国の官許の思想、史的唯物論はどう作用したかの検討なしに、現代中医鍼灸学は、古代鍼灸学を引き継いでいるなどと言ってもらっては困る。」 15P 下段注
中国は清代に伝統医学が日本以上に危機的(壊滅定)な状態にあったようです。そして中華人民共和国(1949年)となった後は大躍進政策、文化大革命と国内の悲惨な状況も続きました。その後に日本との国交が回復(1972年)し、ちょうどこの頃に国家主導で中医学を作り始めたようです。
そしてこの危機な状態の後を支えたのは、実は日本の鍼灸だったようです。日本に留学して学んだり多くの日本の文献が中国に渡り研究されたようです。
「現代中医学の弁証論治原則、とりわけ論治の原則には、かなりヨーロッパ医学の影響が入り込んでいる。これは現代中医学理論が、主に「中西匯通(かいつう)派」といわれる中西折衷的な医家たちの思考のなかで育まれ、新中国の「中西医結合」のさまざまな試みのなかで、さらに多くのヨーロッパ医学的まなざしと混合していったからである。」(中国医学思想史 石田秀実著 東京大学出版社)」 196P 下段注
弁証論治(べんしょうろんち)は診断および治療法を決める方法論のことです。中医学の中でも特に違和感を感じるものがこの弁証論治でした。
中医学は毛沢東が目指した「中西医結合医学」の影響も大きいようです。
「譚源生氏は、薬性に倣って鍼灸の穴性を標準化するのはおかしいと主張する。雑誌『中医臨床』(東洋学術出版社)の2008年12月号から3回にわたって翻訳掲載された譚氏の評論「弁証論治形成の謎を解く民国地代の鍼灸学」の内容は、次のように要約できるだろ。
「薬の処方と鍼灸の施術とは理論も方法も異なる、薬性と同じ論理で穴性を考えるのは正しくない。また中医学の弁証論治を鍼灸に当てはめるのも間違っている。中華民国時代の科学的鍼灸学の登場とともに、鍼灸の中医薬への隷属が始まった。鍼灸は『霊枢』に還り、鍼灸本来の経穴の理論と弁証論治を作りださなければならない」
「日本では、中医薬の弁証論治がそのまま鍼灸に適用できるのが現代中医鍼灸のメリットだと語られることもあるが、中医学内部の論争がその根拠を崩すかもしれない。」 17P 下段注
「ウォルガー・シェイドやエリザベス・スーなど、中国医学を専攻するヨーロッパの医療人類学者は、現代中医学の「腎」や「神」などの概念は、西洋医学の影響下に作り直されたもので、本来の伝統医学概念ではないと考えている。シェイドは「中国医学の思想は、むしろ日本の東洋医学にある」とさえ言う。現代中医学のシステムがどのように構築されたか、論争含みのその過程の報告書は、北京の書店の棚には見当たらない。それは政治的な秘事であり、この問題に触れることを中国の中医師は敬遠するだろう。だから、日本の中医学派がやるべきである。」 16P 下段注
「西洋医学に対して、中医理論はもともと異質なものであり、その異質なところが中医学の価値が存在するところであり、また中医学が存続してゆく基盤でもある。ところが、多くの中医学研究者は、西洋医学の理論と方法を基準にして、西洋医学への同化を目標にしてきたために、両医学の概念を混同し、中医学理論体系を大混乱に陥れたのである。中西医結合研究を最高目標にしているかぎり、中医学理論は解体してしまう(中医臨床 1997年6月 東洋学術出版社)」傳景華氏(中国中医科学院の研究者) 196P
中医学=中国伝統医学ではなく、中西医結合医学の流れから西洋医学の概念をも含めた、新たなコンセプトで作られているものです。
ただしその内容(意図や典拠など)は「政治的な秘事」として公開されていません。
こういった情報が何も無いままに、なぜか日本の鍼灸学校の教科書は年々この中医学の影響を強めて行きました。
「日本の鍼灸学校を席巻しつつある中医学派も、「これは中国国家中医薬管理局公認の由緒正しいシステムである」と権威に寄り掛かっているだけでは済まないはずです。自分たちが教えている教科書的中医学は、『素問』『霊枢』など医学典籍からの数々の引用文で飾られているとはいえ、中医学内の古典派の眼から見れば、西洋医学に侵食された、中国伝統鍼灸ならぬ「現代中医学」なのだという認識を持つべきでしょう。そこから〈原型〉としてのもともとの古代鍼灸、伝統鍼灸とは何かを追求する視点が開け、教科書の見解から離れた古典読解の道に踏み込むことが可能になるはずです。」 198P
いま中国の覇権主義は世界的にも懸念されていますが、これが東洋医学、鍼灸の分野でも推し進められて、中国は世界の鍼灸を中医学一色に染めようとWHOなどにも働きかけているようです。
日本の人々が多くの危機を乗り越えて深め発展させ伝えてきたものを、まずは大切にして欲しいと思います。