2021年8月10日火曜日

 沖縄の歴史

沖縄はいつから日本なのか 仲村覚著 ハート出版 平成30年

…この本を読めば、以下のことが全くの思い込みであることが理解できます。

一、琉球王国は鎖国体制下の日本の外にあり、自由で平和な貿易で繫栄していた。
一、かつての琉球王国は独立国であり、先住民である琉球民族が明治政府により侵略され、王国は滅亡させられた。3P


夏休みの時期なので、忘備もかねて自由研究風にまとめてみます(^^)学生時代に宿題をちゃんとやった記憶はありませんが(--;)

なんとなく…沖縄は琉球民族という日本人とちがう民族が住んでいた小さな独立国で、中継貿易で栄え平和な国だった。江戸時代に薩摩藩(日本)に侵攻され…のようなイメージがありますね。


本書を基本に気になるところを抜き出して簡単にまとめました。

〇科学の発達により沖縄、アイヌの人の遺伝子は縄文人により近いことがわかって来ました。さらに琉球列島の人々は台湾や大陸の人々との繋がりがなく、日本本土とより近いとの研究結果が発表されている。また言語学からも、沖縄の言葉は中国語ではなく日本語とされています。

〇琉球王国の正史「中山世艦」(ちゅうざんせいかん)には源為朝(みなもとためとも)の子孫が琉球王国の始祖・舜天(しゅんてん)と記載されているそうです。
源為朝は鎌倉幕府を開いた源頼朝の弟、義経の叔父です。

〇「中山世艦」編纂よりも前(薩摩の遠征前)、江戸時代前期の浄土宗の僧、袋中上人(たいちゅうじょうにん)が記した「琉球神道記」にも源為朝について書かれている。さらに当時の琉球でも天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀っていたことが記されています。
また、沖縄の伝統芸能として今に伝わる「エイサー」は、この袋中上人が伝えた、精霊送りの時に行われる念仏踊り、盆踊りがもとになっているとされています。

〇現在は琉球王国と呼ばれてますが、戦国時代は「琉球国」が正式名称。戦国時代は日本各地の大名所領地を国と呼んでいました。例えば相模国、武蔵国、薩摩国…。琉球国も各国と同列であり、琉球国王は戦国大名と同列の存在。

〇薩摩遠征で戦国最後の統一を果たし日本の幕藩体制を完成させた。1609年以降の琉球王国は薩摩藩が明国や清国と貿易をするために残した。

〇琉球王国が明や清に朝貢し、冊封されていたことが属国だったとされる理由になっていますが、明も清も琉球国内に統治するための出先機関は持っていませんでした。一方の薩摩は、琉球に出先機関である常駐の在番奉行所を持ち実効支配していた。

〇沖縄は日本でも最も大陸文化の影響を「受けていない」地域だということです。奄美以南の南西諸島は、明に朝貢する(1372年)までの長い間、日本の古来文化がそのまま残っていたと考えられます。近代まで残り続けたのが、女性神官制度です。これは祭政一致の日本神道が、化石のように敗戦直前まで続いていたと見てよいのではないかと思います。
女性神官の祈りの声の抑揚や発声が民謡として伝わり、それが現在の沖縄ポップスにも受け継がれているのでしょうか。琉球文化は日本と切り離された独自の文化ではなく、南の島に花咲いた日本文化といえるのです。

組踊(くみをどり)という琉球の芸能は琉球独特だと言われていますが、踊奉行の玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)が、江戸上りで数か月滞在した江戸で歌舞伎や能を観覧して取り入れ、琉球風にアレンジしたものです。

〇明治維新の廃藩置県で沖縄県に。

〇大東亜戦争後、昭和20~47年の27年間、アメリカによる統治される。

仲吉良好(元首里市長)漢那憲和(元海軍、議員)らと米マッカーサー司令部に出した陳情書。
「沖縄は固有の日本領土であり、住民も日本人であり、言語、習慣、信仰など全て日本本土と同一である。これまで幾多の困難に際し、沖縄県民は、本土同胞と相協力してきたのである。今後とも苦楽を共にするのが人情自然であり、沖縄県民の希望である。沖縄は日本以外、かつて一度も他国の支配を受けたことがない、この伝統精神と全沖縄人の希望を尊重され、沖縄が元通り日本の一県として残るよう特別のご配慮を賜りたい」

〇沖縄祖国復帰、沖縄返還、1972年(昭和47年)5月15日

なんとなく…思っていた、思わされていた?沖縄とだいぶ違いましたね。はやくから南の島(沖縄)に渡った縄文人(日本人)。日本の古い文化を残しながら、本土や中国、周辺国との交流から、それらの文化も取り入れ(チャンプル)沖縄地方の文化が花開いた感じでしょうか。